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2011-05-31

プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス

 プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス。チェルノブイリ原発事故の影響で甲状腺癌を負った子供たち。当時のベラルーシは貧しく、旧式の手術方式だったために患者の首に大きな傷が残っていた。そんな子供たちを救うために、大学の助教授という立場を捨て去り、現地にひとり赴いた医師がいた。




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プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス


http://youtu.be/cJu-rU4-Xyk








「プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス」

 1986年4月26日。旧ソ連ウクライナで人類史上最悪の事故が発生した。チェルノブイリ原子力発電所4号炉の爆発。大量の放射性物質が発生、その多くが風下に位置したベ­ラルーシに流れ、間もなく悲劇が始まった。子供たちに甲状腺ガンが多発し始めたのである。現地の病院で手術を受けた子供たちの首筋には、一生消えない大きな傷がついた。そ­の時、一人の日本人医師が立ち上がった。信州大学医学部の外科医、菅谷昭。父は、夜の往診も厭わない町医者。もっと患者と向き合いたい、そんな思いを抱き続けていた菅谷は­、大学教授の座を辞し、ベラルーシに渡ることを決意する。


 ベラルーシでの菅谷のたった一人での闘いが始まった。やがて菅谷の高い手術技術や、患者との交流に心打たれていく­若い現地医師たち。いつしか菅谷のアパートに集まり、勉強会が開かれるようになった。菅谷は、彼らに自分の手術技術の全てを伝えた。さらに菅谷は、手術後もガン再発の不安­を抱える患者達の家を一軒一軒訪ね、診察を繰り返した。脳裏には父の姿がよぎっていた。そんな菅谷の活動に共感し、菅谷を支えようと奮闘する一人の男がいた。28歳の若手­医師、ゲンナジー・トゥールだった。二人は訪問診療を黙々と続けていた。やがて菅谷たちの努力は、ある一つの奇跡を産んだ・・・。人類史上最悪の事故と対峙した、日本人医­師と現地の医師たちの5年半に及ぶ闘いを描く。








 菅谷(すげのや)先生は現在、長野県松本市の市長として政治のお仕事をされています。

菅谷 昭 プロフィール
菅谷昭 - Wikipedia
すげのや昭 公式サイト




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2011年10月7日
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