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2011-04-01

児童7割死亡の大川小学校 2週間ぶりの登校日

 宮城県にある石巻市立大川小学校。2011年3月11日の東日本大地震による津波の影響で、全校児童の7割が死亡しました。児童108名のうち、生存したのは34名。教職員13名のうち、生存したのは3名。被災後の状況がグーグルマップで確認できますが、完全に水没しています。



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被災時の状況や被災直後の状況に関してはこちらの記事を御覧ください。








 震災から18日後の3月29日。大川小学校は10キロ離れた石巻市立飯野川第一小学校で全校集会を開きました。



抜粋:
 大川小の子供たちは、あまりに寂しすぎる現実を、真正面から受け止めることはできなかったのかもしれない。お互いの安否も不明のままに迎えた登校日。「おーっ、生きてたんだぁ」。「良かったぁ」。親や知人に連れられ登校した28人は、いつも通りの笑顔とはしゃいだ声で、級友との再会を喜んだ。女子同士は抱き合い、男子は校庭で駆けっこやブランコで遊んだ。

 大川小の周辺には、逃げ場などなかった。北上川と丘陵に挟まれた堤防沿いだが、河口からは約3キロも上流。津波の危険は感じにくい土地だった。震災直後に家族が迎えに来た児童以外は、町の避難場所が大川小だったために、全員で校庭に避難した。津波警報に別の避難場所も模索したが、隣の杉山は急勾配で登れない。堤防を突き破ってきた津波に、一瞬で校舎の屋根までのみこまれた。

 柏葉校長は「子どもたちが幾分明るくて安心した。でも、久々に友達に会えたからでしょう。心には重いものがのしかかっている。我々周囲の者で、乗り越えさせないといけない」。来月からの新年度は、飯野川第一小を間借りさせてもらう予定。教育委員会と相談して、カウンセラーを招きたいという。「生き残った皆で、笑顔いっぱいの学校をまたつくろう」と説くと、児童たちは悲しい顔をしても、泣かなかった。

http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20110330-754625.html








東日本大震災 宮城県石巻市大川小の被害状況











【地震】児童7割不明の小学校で震災後初の集会(11/03/29)






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