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2011-03-19

死者・行方不明者1万8690人 19日午後3時現在 警察庁

孫のアルバム胸に抱え…遺体で見つかった79歳
配信元:
2011/03/15 20:45


【東日本大震災】

 大震災発生から5日目の15日、遺体で見つかった岩手県大船渡市大船渡町野々田、浜田勝太郎さん(79)は、大切そうに胸にアルバムを抱いていた。縦約40センチ、横30センチの冊子の中には、ベビー服姿の孫をうれしそうに抱き上げるスナップ写真などが貼り付けられていた。

 津波で100メートル以上流された自宅の1階で見つかった。妻と2人暮らしだった。上の孫の紗帆里さんは中学2年生。下は小学4年生の光君だった。

 救助された妻によると、津波が自宅を襲った時、浜田さんも一緒に2階に逃げた。だが家族のアルバムを取りに1階に戻り、そのまま逃げ遅れたという。消防の捜索に立ち会った息子の会社員、浜田浩誠さん(48)は「本当に孫が好きだった。だけど、ばかなおやじです」と声を震わせた。


http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/496635/








死者・行方不明者1万8690人 19日午後3時現在 警察庁
産経新聞 3月19日(土)16時20分配信


 警察庁によると、19日正現在、東北など12都道県警が検視などで確認した死者数は7320人に上った。家族や知人から届け出があり、依然行方が分かっていないのは1万1370人で、死者と行方不明者は合わせて1万8690人。重軽傷者は17都道県で計2618人になっている。

 死者のうち19日午前10時段階で約5560人の検視が終了し、約3090人の身元が確認されたが、遺族に引き渡されたのは1550人にとどまっている。遺族も被災し、避難所生活を強いられていることなどから遺体の引き取りが困難になっている。

 各県の死者数は、北海道1人▽青森3人▽岩手2356人▽宮城4289人▽山形1人▽福島619人▽東京7人▽茨城19人▽栃木4人▽群馬1人▽千葉16人▽神奈川4人。

 全国から派遣された広域緊急援助隊を含む警察は18日午後3時までに、孤立化した被災者ら約3750人を救出したという。

 建物の被害は、全壊が9県で1万4425戸に上っている。ただ、沿岸部を中心に壊滅的な状況に陥っている宮城での集計が不可能に近く、報告がほとんど上がっていない。

 また、警察が把握している避難状況は、13県で計39万2443人。各県の内訳は、岩手4万9454人▽宮城18万7719人▽福島13万1665人など。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110319-00000556-san-soci








妻子を失った市職員 被災者に「負けないで」
配信元:
2011/03/18 22:23


【東日本大震災】

 「苦しいけど 負けないで! 名取市職員 S」。東日本大震災で大津波が押し寄せた宮城県名取市の市役所玄関ガラスにこんなメッセージが書かれた紙が張り付けてある。書いたのは名取市職員、西城卓哉さん(30)。津波で最愛の妻、由里子さん(28)が行方不明になり、8カ月の長男、直人くんを失った。自分と同じくかけがえのない家族を失った人たちは多い。それでも精いっぱい生きてほしい-。そんな思いを込めたという。

 3月11日。激しい揺れを感じた西城さんはすぐに、職場から由里子さんの携帯電話を鳴らした。一瞬つながったが声を聴けず、途切れた。すぐに市役所は地震で大混乱、職員としてさまざまな対応に追われ、気が付くと12日未明になっていた。ようやく自宅マンションへ戻ると、エレベーターは止まり、泥に足をとられた。部屋に入ると、2人の姿はなかった。近くの由里子さんの実家へ向かった。

 毛布、食料、紙おむつ…。寒さと飢えをしのげるよう紙袋に目一杯詰め込んで、必死に歩いた。「あとは、2人を見つけるだけ」。しかし、周辺に原形をとどめる家はほどんどなく、がれきの山だ。ひょっとしたら、がれきの下敷きになっているかも知れない…。由里子さんの実家を目指しながら、一晩中捜した。しかし、実家も建物はなくなっていた。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/497557/








遺体の娘と対面…「自分が代わってあげたい」
配信元:
2011/03/15 14:43


 大津波の被害が大きかった仙台市若林区や多賀城市、塩釜市などで被災し亡くなった人たちの遺体が安置されている宮城県利府町菅谷舘の県総合体育館。冷たい雨が降りしきる中、体育館の入り口は、不安げな表情で肉親の行方を捜す人たちであふれていた。

 「できることなら自分が代わってあげたい…」。多賀城市鶴ケ谷、自営業、丹野千賀雄さん(77)は娘の智江さんの遺体と対面し、声を震わせた。

 40代前半だった智江さんは、仙台市内の会社から多賀城市の自宅に帰宅する途中で被災したとみられ、同市明月で津波にのみ込まれてボロボロになった乗用車ががれきの中から見つかった。

 「必ず生きている。どこかの病院に運ばれているんじゃないか」と、丹野さんは仙台市や塩釜市の病院を何カ所も訪ね、智江さんを必死に探して回ったが、見つからなかった。

 智江さんは高校1年の長女、中学1年の次女、小学4年の長男の“肝っ玉母さん”でもあった。娘たちと買い物を楽しむ姿は友達同士のよう。リトル・リーグで野球に打ちこむ長男と一緒にバッティングセンターで練習することもあった。

 「しっかり者のいい母親だったのに、子供を残して先に逝くなんて…。生きていてほしかったが、現実を受け止めるしかない」。丹野さんは呆然(ぼうぜん)と立ちつくしていた。

 父親を探しに来た仙台市若林区の男性(27)は、「どうして助けてあげられなかったのか…」と父親の変わり果てた姿に言葉を失った。

 男性の父親は地震発生時、仙台市内の勤務先にいたはずだった。しかし、津波の被害にあったのは同市若林区の自宅近く。男性が家に戻ると、自分の無事を伝え、家族の安否を案じる書き置きがあったという。

 「自分たち家族のことを心配して、家に戻ってきてくれたのに…。救助を待っている間に力尽きたようです。早く見つけてあげたかった」

 体育館に安置されている遺体は数百体に上るとみられ、新たに見つかった遺体も次々と運び込まれている。県警で身元確認のため、遺体の検視作業を行っているが「数が多すぎて作業が追いつかない」(県担当者)。棺の数が足りず床の上にそのまま置かれている遺体もあるという。


http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/496520/

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